2007年06月07日

岡さんの迷い言6

えらい時間が空いてしまったけど、さらに続きです。

前回、日本は自然が人を育んだ的な話でしたね。

そんな訳で、本来の日本人は争いを好まず、若干判断力が甘いのは、
愛情一杯に大きくなった子供と一緒で、あまり疑いを持たず他人や環境
と共存してたと聞いた。その為、文明については華やかさと慎ましさが
共存したような、独特の美しさをもって華開いたが、他の国に比べたら
少しおっとりした面があったと思う。

西洋においても、自然という世界観は、意味合い的には変わらないんだ
と思うけど、なにせ、気候の厳しさのスケールが違う!
水質や土壌も条件が良いとはいえず(全ての国がそうではないですよ)
おまけに地形や広さも半端じゃない!
人が生きていくにはあまりに過酷で、安心して生きていくには自然の言
いなりには絶対なってはならず、常に反抗して身を守らねば行き抜く事
はままならなかった。

当時、生活の糧は狩猟が主な方法だったろう。
豊かな土地を求めて、移動しながら狩りを続けてたに違いない。
獲物を待つ間は何時間も何日もその場を動かず、大いなる自然の厳しさに
耐えながら、獲物を得られれば私の勝ち!では負ければ飢えて死んでしまう。。。
そんな時、「負けるもんか!」・・・そんなたぐいの言葉が人々の脳裏に舞い降りる。
『勝ち』と『負け』・・・
『勝ち』は生を、『負け』は死を、それぞれ意味する。それはまさに戦いの原理を勝者と
敗者という図式をもって確立させた瞬間でもあった。

それでは、また次回・・・。
posted by ブラックアウト at 14:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡 タケノブのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

おかげ様で10周年!

5月も終わりに近づき、気が付けばブラックアウトも、早10年!

これもひとえにブラックアウトを応援し続けて下さるゲストの皆様のおかげです!!
本当にありがとうございました。

時が経つにつれ、様々な事柄が変わって行きますが、私達はこれからも、
オープン当時の初心「one to one」の精神を忘れずにゲストの皆様に
精一杯のおもてなしとヘアーデザインを提供して参ります!

Another decade to go!
posted by ブラックアウト at 11:34| Comment(4) | TrackBack(0) | 岡 タケノブのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

『岡さんの迷い言5』

またまたお待たせしました・・・。 蜂.gif

そう考えると日本文化の源は自然に抱かれて育ったいわば
「母性的」な教えを根本に持ち、欧米のそれは挑戦や合理性を
代表とした「父性的」な教えを根本に持っただと考えられはしないか?

もしそうであるなら東洋、特に日本と西洋文化の中で自然から学んで
来たものや学習してきた事は必然的にニュアンスも変わってくるだろう。

自然という世界観から観えてくるのは、生命の営みに他ならず
新しい命がうまれ、成長し、やがて寿命が来れば「死」がやって来る。
日本の母性的環境での教えは「死」よりも誕生と成長の印象が強い。
豊かな土壌や海、森や川にはかつて人が生きて行くのに必要な恵みが
豊富で、人々は受け取った恵みに感謝を捧げた。
季節が変われば多少厳しくなる事があっても母が子にする様に
飴と鞭的な愛情を途絶える事無く与え、人を、文化を育んできた。

ああ・・・とても長くなってしまった・・・。
此の後は次回の講釈で。



posted by ブラックアウト at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡 タケノブのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

『岡さんの迷い言4』

大変お待たせ致しております。
さて、人間の考え方や物事の捉え方は・・・からでしたね。 

人間の考え方や物事の捉え方は、過去の経験から得られるものです。
では、昔人間にとって自然とは一体どんなものだったのだろう?

気候が比較的温和な日本の自然は、「季節と共に生きよう」的な考え方を
『それが自然というものよ』と言わんばかりに日本人の精神性に深く根を
下ろした。だから日本人の中にある独特の「花鳥風月」的割合のんびりと
した、それでいて何か悟りめいた物の見方が育ったように思う。

一方、欧米に代表される大陸的な自然は、そんなに甘っちょろいものでは
なく、そのままのほほんと過ごしたら生存率は下がる一方で、とてもじゃ
ないが季節と共になんて考えられなかったに違いない。したがって欧米の
人達にとって、自然とは「克服するべき問題(とても大きな)」であった。
時間が進むにつれて、それはいつしか征服し、足元に屈服させる大いなる
挑戦の対象として、歴史を刻むことになる。
その長い挑戦の歴史は、ある一面、自分(人間)の生と死を学ぶ事に他なら
なかったのではなかろうか?

まだまだ続きます。お楽しみに・・・
posted by ブラックアウト at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡 タケノブのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

『岡さんの迷い言3』

大公が口にした台詞の出所は、一体何処なんだろう・・・。

ただのオポチョニスト? いやいや・・きっと今迄の虚飾に包まれた暮らしの中では、

聞く事も見る事も出来なかった、正に夢にも思わなかった状況のなかでの独白なん

です。

日本人にある遺伝子的又は宗教的感覚には、自然のなかに神や魔物がいて、共に

生きていく的な発想から、山で修行したり物事の悟りを自然の中で見出そうと思う事は、

わりとナチュラルにあるかなと思います。

自然に対する考え方は微妙に違うと思うけど・・・西洋にもきっと同じ様な思考があった

んだと思います。つまり、人間の考えや物事の捉え方は・・・

また次回雷



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2005年12月15日

『岡さんの迷い言2』

つづきですシェイクスピア 『お気に召すまま』 二幕一場

〜そして我らのこの生活は俗衆に煩わされることもなく、樹々に言葉を、
流れる小川に書物を見出し、石に説教を聞き、あらゆるものの内に善を発見するのだ〜

And this our life exempt from public haunt,fainds tongues in trees,
books in the running brooks,sermons in stones,and good in everythig.

実の弟、フレデリックに位を奪われ、宮廷を追放されてアーデンの森に隠れ住んでいる
大公が、逆境の暮らしも反って宮廷の虚飾の生活に勝るのでは?と自分の家臣達に説
く台詞。

この場合は、自然に親しむなんて心境でも場面でもありません。遵って大公はほのぼの散歩の途中でのほほ〜んとこんな言を言ったのではありません。最初の昔話とはシュチュエーションが全く違いますね。

と言う所で続きはまた! テリアしっぽ.gif
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2005年12月02日

『岡さんの迷い言1』

日本には昔、およそ目に見えるもの全てに神様が宿っていると考えられていました。
八百万神(やおろずのかみ)なんて呼ばれていて、山や川、その辺にある石ころにまで
神様が宿っているなんて、おじいちゃんやおばあちゃんに昔話として聞いた記憶が、
ふと甦ります。そういえば、子供の頃は自然に教わった事が沢山あったなぁ・・・。
きっとあの頃は人間として本当に純粋だったんだろう!?
シェイクスピアの劇中にこれと似たような台詞が出てきます・・・その話は、また次回。
posted by ブラックアウト at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡 タケノブのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月30日

祝!初ブログ!

ずっと前からやってみたかったブログ。
PCの事はほとんど何も知らず…もうやだ〜(悲しい顔)セッティングは友達のMr.Z-1に頼み込んで全ておまかせ状態だわ、文字の入力もろくに出来ないわ、日記も付けた事もないわ、おまけに文章力はゼロだわで、ほとんどブログをやる資格の無い僕…。でも少しずつでも何か呟いて(書いて)
行きたいです。でもブログってどうすれば楽しく読んで貰えるのかなexclamation&question誰か教えてッ!!
と、言う事でまたお会いしましょう!さようなら。
posted by ブラックアウト at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡 タケノブのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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